今度は親の誕生日を祝うことを強制された話
昨年の12月、自分の誕生日を祝われるのが嫌で、
誕生日祝いを断ったことがありました。
今度は自分ではなく母親の誕生日を祝わなきゃいけない時期です。
毎年春になると、
「ああ、またお祝いしなきゃいけない」
「プレゼント用の花を買わなきゃ」
と祝いたくない本心を抑えて義務感に駆られてきました。
今までは我慢していたのですが、去年の自分の誕生祝いを断ったことで、
もう家族が揃う祝い事(という名の嫌がらせ)に乗るのをやめる決心がつきました。
今回は、先日あった騒動について一部始終をお見せします。
昔から誕生日が嫌だった
私は中学生頃から家族イベントが嫌いでした。
それぞれの誕生日と母の日・父の日、ホワイトデーには感謝の言葉を述べてプレゼントを渡さなきゃいけません。
子供の頃はどの家庭も誕生日祝いをすると思いますが、
やはり思春期になると親子間の距離感が変わってきて、
誕生日祝いをしなくなる人も多いのではないでしょうか?
自分も同じように中学生の頃から親に対する感情は変わってきて、
仲良く誕生日を祝うことが嫌になりました。
そんな思いで母親の誕生日を祝わなかったことが一度だけあります。
その時は「なんでプレゼント用意してないんだ!」とキレられた記憶があります。
私は怒られたことをきっかけに、嫌々毎年お祝いをするようになりました。
母親にプレゼントを渡していることを他の大人に言うと、
「あら、えらいわねぇ」などと言われました。
しかし、それに対して母親は「プレゼント用意しないとどうなるか分かってるもんね」と冗談じみた感じで言葉を返していました。
要するに、母親はマイナスのインセンティブで子供を動かしている(この場合は「プレゼントあげなかったら怒る」)のを自覚していたのです。
やりたくないことを無理やり言い聞かせいると分かっていてやるあたり、
どうしようもないですね。
父親からの誘い
そういった背景があって今まで我慢して誕生日祝いに参加してきたわけですが、
先日、父親が4月に3人で集まろうと誘ってきました。
ここ数ヶ月親との関わりについて色々と考え、
去年の年末は誕生日祝いを初めて断ったこともあり、
もう二度と家族イベントには参加しない!と決心していました。
会うたびに悪口を叩かれ、愚痴を聞く役目を果たすのはもうコリゴリだったんです。
私の口からは「行きたくないから行かない」という言葉がこぼれました。
それを聞いた父親は断固として「日程決めたから予定入れておけ」という態度です。
まるでブラック企業の会社イベントですね。
しばらく口論が続き、母親の誕生日祝いが嫌だということを、父親が本人(母親)に告げ口することになりました。
誕生日祝いたくないなら縁を切る!?
私が誕生日祝いをしたくないと思っていることを父親伝手に聞いた母親は、
「縁を切る」と言ってきました。
引越し先の住所を知らせないと言ったこともあり、
誕生日祝いしないのは「縁を切りたい」という意思表示だと捉えたようです。
まあ確かに縁を切りたい気持ちはあるんですが、
ひとまず目の前に迫ったイベントを断っただけであり、
それは被害意識が過剰なんじゃないかと思います。
おまけに「私の財産が要らないなら財産放棄しろ!」などと言われましたが、
お金で他人をコントロールしようとする姿勢も嫌でしたね。
このように0か100、白か黒の人間関係しか築けないのもアダルトチルドレンの特徴です。
数日後には頭が冷静になったようで、
こちらの気持ちを理解する姿勢をみせてくれたのでよかったです。
続く人格否定攻撃
一方で父親はというと、
「情がない」「誕生日を祝わないのは人としてダメ」ということをずっと言ってきます。
父親は若い頃に親を亡くしており、自分が親孝行できなかったことを後悔しているのだと思います。
自分が実現できなかったからこそ、母親を大切にするのを子供に強要させるんです。
ただそれは父親自身の問題であって私の問題ではありません。
後悔する気持ちがあったとしても、父親自身で解決すべき問題だと思います。
我慢から喧嘩へ
誕生日祝いを断って、「行きたくない」という意思表示ができたことは進歩です。
今までは自己犠牲になって傷つくだけでしたが、
ようやく自分の気持ちをぶつけることが出来ました。
正直分かり合うことはなく分かり合いたいとも思いませんが、
自分に悪影響を与えてきた親から離れようと思います。