なぜこの世界は生きづらいのか?

アダルトチルドレンとして 世の中で生きることの辛さや、 思うことを綴ります。

黒板の板書は必要か? ~成績の上がるノートのとり方~

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小学生から高校生までの学校の授業では板書をノートに書き写すのが一般的ですが、

果たしてそれは効果的なのでしょうか?

 

 

授業中にノートをとる必要ある?

東洋経済の以下の記事を読んで、

改めて授業中にノートをとることに疑問に感じました。

toyokeizai.net

 

記事では、

  • ノートをとることに疑問を抱いている生徒がいる。
  • 教員はノートのとり方をあまり教えない。なぜならただ書き写すだけで良いから。
  • ノートを書くことで"何を学んでいるか"が重要。
  • 教師の説明をメモ書きするなどして、オリジナルのノートを作ると効果的。

といったことが述べられています。

 

自分が学生の時も同じ疑問を抱いていましたが、

大学受験の勉強を経てノートをとることの重要性を感じました。

 

そして、その時に学び実践したノートのとり方は、

大学生や社会人になってからも役に立っています。

 

結論を言うと、私は黒板の写しを含めノートをとる必要があると思います。

ただし、ただ書き写すのではなく工夫してノートを作るのが前提です。

 

ノートのとり方で成績は上がる

私は高校3年生になる前までノートを有効活用できていませんでした。

小学生のときは追いつくのがやっとぐらいのスピードでノートを書きましたが、

その時は板書を"ただ写す"だけ。

 

中学生から高校2年生までは一応授業でノートはとっていましたが、

やはり書き写すことが中心で、内容の理解は薄かったと思います。

 

しかし、高校3年生に出会った塾の数学の先生にノートのとり方を教えてもらい、

その方法を他の教科や学校での授業で実践し続けた結果、

全体的に成績が大幅に上がりました。

 

特に数学はその先生のおかげもあり、4ヶ月で偏差値が約25も上がりました。

もちろんノートのとり方だけが原因ではなく、

予習・復習において量も質もこなす必要がありますが、

そのベースになるのは自分だけのオリジナルノーでした。

 

私の人生を変えたノートのとり方

では、どうやって工夫すれば良いのでしょうか?

 

実際の数学のノートをお見せしたかったのですが...

何年も使わなかったので捨ててしまっていた....

ので図で説明します。

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構成としては、①問題 ②板書 ③メモ書きとなっています。

 

メモをとる

このノートの肝となるのが、右端にあるメモです。

ここには、口頭での説明や自分が考えたことを一言で書いていきます。

 

どうやってメモをとるかというと、

先生の口頭説明を聞き、その内容を自分の言葉に置き換えて書くのです。

 

例えば、「円の接線の問題が出たらまずは接線の方程式を意識すること。

そのあと意識するのは点と直線の距離イコール半径になること。」

と言われたら、

「円と接線⇒・接線の方程式

      ・点直=半径」

と簡潔に書いておきます。

 

自分の言葉に置き換えて書くことを解説中は常に行ない、

後で見た時に授業を頭の中で再現できるようにメモを残しました。

 

問題と板書・メモを同時に見えるように書く

図の①~③の部分がすべて一目で見える構成になっています。

問題と自分で書く部分を同時に見えるようにすることで、

説明を聞いているときに問題を振り返ることが出来ます。

 

そうすると、板書を書いている途中で

「あれ、どういう話の流れだったっけ?」

となったときに問題の前提と今までの流れを短時間で振り返ることで、

話についていけなくなるのを防止することが出来ます。

 

さらに後々に復習するときや見返すときに、

全ての情報を一度に目にすると、

「この部分は少し前に出てきたここを根拠にしてるな。」

と、部分ごとの関係性が分かるので、復習が効率的になります。

 

今回は数学のノートしかお見せできませんでしたが、

英語や国語でもこの方法は使えます。

 

テキストやそのコピーの長文の行間に説明を書いていったり、

選択肢の余白スペースに選択肢を選んだ理由を書いたりすることで、

あとで見返す価値のあるオリジナルノーを作れます。

 

大学生や社会人になってからの生かし方

自分が実践した上記の方法は、授業のアウトプットとしてのノートのとり方です。

講義を聞いて自分が考えたことをノートにちょこちょこ書くことは、

話の内容や板書をインプットとして、自分の考えをアウトプットする行為です。

 

この方法、とりわけメモをとることが大学生や社会人になってからも生きています。

 

大学生で役立ったこと

まず、大学の講義は板書がほとんどありません。

事前に解説が書かれたパワポスライドのレジュメが用意してあり、

板書を書くのは、ものを書いて補足説明したいときぐらいでした。

 

ただ、レジュメだけで内容を把握するのは難しいため、

説明を聞いた上での自分なりの解釈は書いておくと役立ちます。

(解釈した瞬間しかほとんど覚えてないから。)

 

社会人で役立ったこと

社会人になってからは、システムエンジニアという職業柄、パソコンでメモをとるようになりました。

 

具体的に役立ったのは、議事録をとる時とプレゼンをする時です。

 

高校生の時からメモをとることが出来ていたので、議事録をとるのが楽でした。

最長で6時間も一人で議事録とっていたことがあります。

 

また、プレゼンに関しては

「なんで発表する側なのに役立つの?」

と思うかもしれませんが、

プレゼンの練習をする時に役立ちました。

 

初めに他人のプレゼンを聞いた時にメモをとっておくことで、

それを再現するときに要点を確認したり、

スライドにない説明を加えたりすることが楽になります。

 

周りを見てみると手で紙にメモをとっている人が居ますが、

メモをとっていても仕事出来ない人が中には見受けられます。

 

その場合はメモをとることが手段になっており、何も考えていないのではないでしょうか?

 

メモをとる価値のない授業の過ごし方

メモをとる上で問題となるのが、価値のない授業の過ごし方です。

前述の数学の先生はとても分かりやすい説明をしてくれましたが、そのような人は世の中で稀です。

反対に何言ってるのか分からない話し手の場合は、サボるようにしていました。

 

なぜなら、理解できないことは自分の言葉に置き換えることが出来ずメモを書けないからです。

理解に苦しんで精神力をすり減らすぐらいなら、

その場ではサボって、後で分かりやすい方法で勉強し直す方が良いと思います。

 

まとめ

以上、高3に身に付けたノートのとり方が今でも活きているという話でした。

ただ黒板の文字を写すだけでは意味がなく、

ノートというのは思考のアウトプットであるのが理想だと思います。

 

ノートをとるという同じ作業だとしても、それを活かせるかどうかは使い方次第だなぁと思いました。